episode3

「オマェ等!殺してやるぞ!おらぁ!」と、もの凄い怒声。
190cm以上もあるスーツ姿の大男がサラリーマン二人に凄んでいる。

電車の車内だ。
駅についてまもなくのこと。

なにやら…男が言うには痴漢じゃないかと二人に疑われたのだという。

暴れる大男。
胸ぐらを掴まれ引っ張られるわ、ドアに押しつけられたりするサラリーマン。どんなに許しを請おうと男は興奮してなおもその行為を続ける。

凍り付く雰囲気の車内。
あまりの男の迫力に本当に殺人事件でも起きるのじゃないか?というような感じだった。

僕は席に座っていたのだが、実は僕の目の前でこの騒動が展開されていた。席を動くにも動けず、まさにフリーズ状態だった。

男は大声で自分の正当性を叫んでいる。
そして「オレに文句がある奴は出てこい!殴り倒す!」と。
そして、ホームと電車内にまたがり、電車を発車させない。

数分が経過した後勇気ある乗客の一人が「オマエのためにオレは家に帰れないんだよ、ホームに降りろ!」
「オレは早く帰りてぇんだヨ!」

駅員数人がやっと駆けつけ事態の収拾を図ろうとしたが、男はさらに興奮しまたもやサラリーマンを突き飛ばしたり掴んだり。

「早くドアを閉めろよ!」
「何しているんだよ!」
乗客からもいらついた声が上がる。

サラリーマン二人と男は、事情を聞くからとの説得で駅員とともに駅に降りた。

その後電車は発車。
電車のアナウンスでは「お客様の救護措置のためこの電車は8分遅れて出発しました」と。
騒動が始まってから8分だったのか…
とても長い時間に感じた。

実は…
8分間停まっていたこの駅は僕が降りる駅だったのだ。
情けない話だが、席がたてなかった。
結果乗り過ごしということに。

その8分間のあいだ、いろいろと心の葛藤があった。
仲裁に入ろうかとも何度も思ったし、そうするとまた逆に、自分が巻き込まれ何かあったら困るとも考えたし。家族の顔が思い浮かんだり。

結局は、結果として彼らを見殺しにしてしまった。
目の前で恐怖におののく二人を…

彼らが降車した後も、鼓動が強く打ち続けて、気分が悪かった。
ただ向かいのホームに移ればいいだけなのし、乗り越した駅で帰り方がしばしわからなくなるなど、正常な判断力さえ鈍る状態だった。

実に嫌な気分だった。
情けなさと、自分自身への嫌悪感。

結果、僕自身は罵声を浴びせられるでもなく、暴行を受けるでもなく。
無傷だ。
あぁ無傷で善かった…と心から思えないのだ。

今の時点で思うと、あの時に、一体どうしておけば自分自身で納得いけたのだろうか?

正直なところ判断に迷う。

利他的観点に立てば、立ち上がるべきだったのだろう。
自己保身…「オレには家族があるのだ。だから…ここは…」
これはいろいろな観点があるだろうけど、利己的だ。

「目の前で困っている人がいたら助ける。」

道徳的には、そして文言の上でも「そうだよね!うん、そうでなくっちゃ!」って本当に納得できることだ。

でも、実際に行動としてそれができるかできないか?
これは大きい。
その人それぞれの持つ愛の大きさの問題なのだろうか…

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